哀悼と感謝の意をこめて
私たちがアラスカ在住時にとてもとてもお世話になった
みんなが「フェアバンクスの母」と呼ぶ方が
アラスカ時間19日の朝、お亡くなりになりました
先日もちょこっとここに書いていたけれど
もうお会い出来ないことがわかっていたのですが
なんとかもう一度、アラスカへ行ってお話したかった
「フェアバンクスの母」はUAFに勤務されるご主人とともに
アラスカに来てもう35年ほど?ではないだろうか
あのアラスカ在住50年のAksf先生ご夫妻と同様・・・と思いきや
ご主人が北海道に帰国されてからも「フェアバンクスの母」は息子さんたちとアラスカに残ったという
その間たくさんの現地ポスドクや日本からやってくる研究者、その家族、
そしてフェアバンクスに住む多くの日本人仲間をいつも自宅に招いて
美味しい手料理を振る舞ってくれたという
その全員が、どれだけ助かったことだろう
どれだけ寒いアラスカで暖かさをもらったことだろう
分け隔てなく、本当に面倒見のよい素敵な方だった
まだアラスカに来て間もない頃、夫がサンフランシスコに行ったときに
大雪でシアトルで足止めされ、私ひとりでHessにいたら
声をかけてくれて家まで迎えに来てくれて、ご飯を食べさせてくれた
そこにいけばいつも日本人がいっぱいだった
いつも電話で心配してくれて、お食事会のたびに誘ってくれて
自分の食べる間もないくらいたくさんの手料理でもてなしてくれて
人がいっぱいいて、賑やかな家だった
だけど普段はひとりだから材料が余っちゃうのよ と寂しそうに言っていた
「いらっしゃいよ〜」と電話してくれた声が懐かしい
手に入りにくい日本食材や貴重で美味しいユーコンのサーモン料理を食べさせてくれたり
たくさんのアラスカゆかりの著名な方々やその後の親しい友人と出会う機会もくれた
研究者の妻としての気持ちや、苦労した話や料理など面白可笑しく教えてくれた
星野道夫さんがまだ売れない頃には写真集を売りさばいたこともあったそうだ
奥様の直子さんはフェアバンクスの母に絶大な信頼を寄せていたようだ
多くの写真家、冒険家、研究者、旅行関係者がたくさん出入りする家
そこはまさに「みんなの母がいる家」だった
フェアバンクスに行けばいつでも逢えると想っていたのに
何も恩返しが出来ぬまま
もう逢えなくなってしまったことが、とても悲しいです
アラスカを訪れる皆が、寂しがることでしょう
I can't say thank you enough to all of you.
心から ご冥福をお祈り致します
2011/06/20
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こんにちは、ブログ拝見させていただきました、とても丁寧に文章が綴られており、楽しく拝見しました。何より日記のように毎日文を書くことが出来ない私のような人間には、ましてそれを人様に見せることも出来るはずが無く、それだけで尊敬ものです。
返信削除とても楽しく拝見しました、全部読みきれていないのでまだまだ見させてください。
私は小学生の時に(もう30年近く経つのか.....)フェアバンクスに住む機会がありやはり西山家(お名前出してもいいですよね)とそれはそれは親しくお付き合い頂いたのでした。
ちょうど息子さん達が同年代でしたのでよく遊んだものです。いつもは書斎にいらっしゃったご主人も子供達だけで遊んでいたときにはたまに出てきて、ポップコーン作ってくれたり、いつも楽しい西山家が大好きでした。
星野さんがいらしゃったり(全く無名の時なので、我々に家庭教師のアルバイトをしてくれる人という認識くらいしかなかったですが)みんなの中心だったと思います。
私自身は数年前(相当相当前だと思います)に西山さんが一時帰国されたときに電話で少しお話したのが最後で、いつかまたフェアバンクスに行って会いたい、西山さんがいるから心のどこかでまだアラスカとつながっているんだと思っていました。
本当にあっけないものですね、亡くなってしまえばもう終わり。何かできるわけでもなく、でもいつか別れると言う事はそういうことなんでしょうね。
思い返すだけで何かが完全に終わってしまったような気持ちになります。アラスカが遠くなりました。
きっとお世話になった皆さん同じ気持ちでいるのでしょうね。とても存在の大きい素敵な方だったと思います。
そんな西山さんのことは、自分の幼い頃の記憶と共に永遠に心に残ると思います。
おばさん本当に当時は楽しかったよ、と伝えたいです。
長文失礼しました、これからも楽しいブログ期待しています。
*匿名さま
返信削除はじめまして、コメントをありがとうございます
匿名さまもフェアバンクスで暮らしていらしたのですね
当時はきっと日本人の数もかなり少なかったことでしょうね
今、フェアバンクスに日本人は300名ほどいるし、お店もたくさん出来て賑やかになりました
西山さんのことは心から残念でなりません
もう一度お逢いしたかった・・・
お料理もたくさん教えてもらって
本当に本当にいろいろお世話してもらい、感謝の気持ちでいっぱいです
西山家は「フェアバンクスの日本」でしたから
星野道夫さんも
多くの研究者も
現地の旅行関係者も
永住日本人も
みんなが西山さんを愛してたに違いないありません
アラスカを語る上で、忘れる事の出来ない存在です
アラスカを離れてからは日記も日本の事ばかりですが
良ければまた遊びにいらしてくださいませ
ありがとうございました